劇映画『麒麟の翼(キリンノツバサ)』撮影監督 山本 英夫さんインタビュー

東京・日本橋、翼のある麒麟像の下で男性が殺されていた。被害者が力尽きるまでの空白の8分間に何があったのか?
日本橋署の切れ者刑事・加賀恭一郎(阿部寛)が、人々の心の奥底に潜む事件の真相に迫る――東野圭吾原作の人気テレビドラマシリーズ『新参者』(TBS)を、新たに書き下ろした原作を元に映画化した本格ミステリーの話題作『麒麟の翼』。撮影監督の山本英夫さんに、映像制作にまつわるエピソードをお聞きしました。
複雑な心理や人間関係を描き出す、オーソドックスだからこそ難しい撮影
最初に撮影のオファーが来た時は、まだ映画のタイトルも決まっていなくて、これから原作を書き始めるという段階でした。ただ、原作者が東野圭吾さんで、ベースになるのはテレビドラマ『新参者』だと聞いて、「これは面白くなりそうだ」と感じました。構成のしっかりしたサスペンスタッチの作品を撮るのは久しぶりでしたから、非常に楽しみでしたね。その後、台本を読みながら構想を練る段階に入ると、今度は「思ったよりも難しい仕事になるな」と思いました。この作品は、人の心の綾を丁寧に描き出した、大人の鑑賞に堪えうる映画。幾重にも絡み合った人間関係と登場人物の複雑な心理を、十二分に表現した映像でないと、作品の魅力が半減してしまう。人間をしっかり捉えて、キャラクターの心情に寄り添った撮影をしないといけない。アプローチとしては非常にオーソドックスで、だからこそ難易度の高い作品になるだろうと考えたのです。
大事なのは作品の世界観。監督やスタッフと議論を重ねて意見を統一
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監督の土井裕泰さんと仕事をするのは今回が初めてですが、映画やテレビドラマの世界で実績のあるベテランですから、個別のシーンについていちいち細かい打ち合わせをしなくても、お互いの力量や判断を信頼し合うことができました。ただ、上で述べたような作品のタッチというか、持つべき世界観については、繰り返し話し合いましたね。これは僕がいつも一番大事にしているところで、この部分について最初に監督やスタッフときっちり統一見解を作っておけば、あとは大事な問題について個別に相談すればすむわけです。今回の作品では、人物をどのような流れに乗っ取ってどんな風に描いていったらよいのかについて、特に念入りに意見交換しました。
やっと許可が下りた日本橋での撮影。わずかな時間に全てを賭けた
画づくりをしていく上で、全体のトーンを決める具体的な手掛かりとなったのは、やっぱり日本橋です。ここから物語が始まって、ここで終わるという、言わばベースとなる場所ですから、実在の橋が持つ存在感、界隈の町にある“匂い”のようなものが、作中のあらゆるシーンで常に漂っているような画づくりを心がける必要がありました。ただ、日本橋での撮影が許可されるまでにはずいぶん時間がかかりました。ロケが不可能となると作品そのものの成立が難しくなってしまいますから、製作側も粘り強く交渉してくれて、最終的になんとか許可は下りたんですが、撮影できるのは深夜から朝の7時まで。デーシーンを撮るチャンスは夜明け後の数時間しかありません。クランクインが5月でしたから、幸いなことに夜が明けるのが早い時期ではあったんですが(笑)、それでも短い間に1~2シーンを撮り切るのはかなり大変でしたね。また、夜も大掛かりなライティングを施すことは禁止されたので、現地に元々設置されている照明を生かして撮影を進めることになったんですが、ロケハンの時期はちょうど震災後の節電で全ての照明が消灯されていて、ベースにどのくらいの光量があるのか分からない。何回目かのロケハンでやっと一瞬だけ照明をつけてもらうことができて、初めて「何とかいけそうだ」と。いずれにしてもDI作業が必要になるということは、かなり早い段階から明らかでした。
「作品のトーンに合うのは絶対にETERNA 500」という揺るがぬ確信
先ほど、作品全体を貫く世界観やトーンを大切にしていると言いましたが、今回の撮影でETERNA 500(8573)を使うことになった理由も、まさにそこにあります。新しい作品の撮影に入る時に僕が必ず行うのが、台本を熟読し、キャラクターのイメージを膨らませながら、ストーリーを1時間半なり2時間なりの質量を持った一本の作品として、頭の中のスクリーンに映し出してみること。この作業を通じて、作品の持つべきタッチが自分の中で確立するんです。これについて他人に分かるように説明するのは難しいのですが、こうして得たイメージは、絶対に間違っていないという自分なりの確信がある。その際に、各フィルムの発色や解像力、黒の深みなどを念頭に「このフィルムで撮ったらこんな感じになるだろうな」というシミュレーションを行うことで、作品のトーンに合うフィルムは自然と決まってくる。『麒麟の翼』の場合は、それがETERNA 500だったんです。だから、一応カメラテストもやりましたが、実はその時にはもう「ETERNA 500で撮る」ということはほとんど決まっていました。一方、今回の作品は基本的にはダイレクトプリントで行こうと思っていましたが、日本橋での撮影条件や、回想シーンが多いことなどから、部分DIを使わざるを得ないことも分かっていた。だから、オリジナルとDI部分とのマッチング性能が高いこともフィルム選びのキーポイントとなりました。ポジにETERNA-CP DI(3514)を選んだのも、マッチング部分が違和感なく美しく仕上がることを視野に入れてのことです。
フィルムでしか表現できない「映画の美」を、いつまでも残し続けたい
映画の世界でも数年前には予想もしなかったようなスピードでデジタル化が進んでいます。確かにデジタルにはデジタルの良さがある。だけど、僕はフィルムにこだわりたい。ひとつには、やっぱりフィルムで育ってきた人間ですからね。光学ファインダーを通して見た映像は、そのまま脳の奥まで届いて、さまざまな化学変化を起こしてくれるけれど、電子ファインダーの映像はただの“画”にしか見えない。これはもう育ちとしか言いようがないです。ただ、それとは別に、フィルムで撮るという行為の中にある独特な「創造の感覚」――映画100年の歴史を通じて洗練されてきた、ある種の毒や汚わいをも含む複雑な美を映し出そうとする美意識と、それを見抜く鑑識眼とが、このまま行くと失われてしまうのではないか、という危惧も感じるんです。こうした美意識や鑑識眼は今のところ、フィルムで撮ったすばらしい映像をたくさん観て、その記憶を自分の財産にしていくことでしか養えない。技術の世代交代とともに、そのチャンスも失われてしまうとしたら嫌だなあと思います。きれいなものをきれいだと思える感覚というのは、人間が生きていく上でとても重要だと思うんですよ。映画に限らずね。
きちんとした視点で人間を描く。シーンを丁寧に積み重ねる。映画の本道を行く作品
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『麒麟の翼』は映画の本道を行くオーソドックスな作品です。人目を引くような派手な仕掛けはないけれど、人間というものをきちんとした視点で描くこと、そうしたシーンを丁寧に積み重ねていくことの大切さを教えてくれる。「映画ってこういうものだったよなあ」と再認識させてくれる作品です。こういう作品をこの時代に、フィルムで撮れたことには、とても満足しています。
作品情報
![[写真]麒麟の翼~劇場版・新参者~](pack/images/index_img_06.jpg)
©2012映画『麒麟の翼』製作委員会
麒麟の翼~劇場版・新参者~![]()
2012年1月28日(土)より全国公開
製作:映画「麒麟の翼」製作委員会
制作会社:フイルムフェイス
配給:東宝
プロフィール
山本 英夫(やまもと・ひでお)
1960年、岐阜県生まれ。1995年、及川中監督の『日本製少年』でカメラマンデビュー。『HANA-BI』(1998年)で第42回三浦賞、『HANA-BI』『中国の鳥人』(ともに1998年)で第53回毎日映画コンクール撮影賞、『ホワイトアウト』(2000年)で第24回日本アカデミー賞優秀撮影賞、『THE 有頂天ホテル』『フラガール』(ともに2006年)で第30回日本アカデミー賞優秀撮影賞を受賞。最近の主な撮影作品として、『容疑者Xの献身』(2008年)、『ヤッターマン』(2009年)、『真夏のオリオン』(2009年)、『アマルフィ 女神の報酬』(2009年)、『のだめカンタービレ最終楽章 前編』(2009年)、『のだめカンタービレ最終楽章 後編』(2010年)、『アンダルシア 女神の報復』(2011年)、『ステキな金縛り』(2011年)などがある。
使用機材
カメラ:ARRICAM ST、ARRICAM LT
レンズ:ツァイス マスタープライムほか

