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  3. 写真と人 池田朗子さんインタビュー
池田朗子さんはスナップ写真や雑誌に掲載された人物を切り起こすことで、写真の見え方や日常空間をちょっと違ったものに変えてしまう。大学では彫刻科だったという池田さん、その写真に対する思い、考えをお聞きしました。
写真にカッターナイフを向けるまで

ー 池田さんはもともと写真はよく撮られてたんですか?

うーん、あんまり観光写真のようなものは撮らないんですよ。人に会っても撮らせてくださいというのが恥ずかしくてできないから、自分と誰かの写真みたいなのが全くなくて。食べ物とか、ポスターとか、影とかそういうもの。別に何もならないような写真ですね。

ー 特に写真を撮ることへの強い意識もなく。

そうですね。ただ、2000年にロンドンへ留学するんですけど、その少し前から、写真や映像って素材として使いやすいなとは思ってました。もともと、作品を空間として見せる展示、インスタレーションをよくやっていたんですけど、それを写真の中で表現してあげるとわかりやすくなる。だから、ドローイングを書くみたいに、写真も使えるんだなと。

ー 作品の道具として写真を考えはじめたと。その写真をどうして切り起こすことになったんですか?

留学してた頃に、安いチケットでヨーロッパのあちこちへ行ってたんですけど、そこで撮ったかわいい標識だとか、なんてことのないスナップ写真を見ていたら、この写真の中で奥行きを感じてるものは何だろうって考えて。それで、自分がフォーカスしているものを切り起こしてみたんです。すると結構、面白くて。

ー 一気に見えかたが変わりますよね。

写真はフラットなんだけど、起こすとスペース、空間が生まれてくるでしょ。だけど、次の瞬間に別のものにフォーカスするとまたレイヤーが変わるというか、最初に見ていたものからピントがどんどん変化していく。もともと見るってことに関して、興味を持って作品を作っていたので、写真を切り起こすということがぴったりきたという感じですね。

2次元と3次元の入れ子構造

ー なるほど。そこからは写真にのめり込んでいった?

いえ、今でも普段のスナップ写真はグッと迫っては撮れないんですけど、日本に戻ってからは、とにかく作品を作るための材料を増やしたいと思って、カメラを持ってあちこちに出かけては、写真を撮って、それを切り起こして。そうやって続けていく中で、それを見せる方法も変わってきたという感じです。

ー 写真を切り起こすだけじゃなくて、それをまたもう一度、写真で撮ったりもされてますよね。

そのへんがまた最近、変わってきたところで。前はそれをすることで、私の物語が強くなって、見る人が介入できない、閉じたものになるんじゃないかと思っていたんですけど。作品集を本として作ったりする中で、紙面上で見せる場合は、ニュートラルにやるよりも、自分が見えていることをはっきりさせた方が面白いということがわかってきた。まあ、作品を見せる条件、ギャラリー空間なのか、雑誌やウェブなのかでも変わってきますけど。

ー もともと3Dの世界を写真に撮って2Dに、それを切り起こせば3Dになって、またそれを配置して写真に撮ることで2D に。ややこしい(笑)。

そうなんですよ(笑)。私も入れ子の考え方ってすごく好きで、何を見て、何を選んで、そこからまた何に入れて…ってずっとやってることを考えていくと面白くて。それがまた日常に重なっていくと、日常ってわりと操作可能なんだと思いますね。

ー といいますと?

普段見てるものもあまりそれを見ようと思って見てないし、写真も撮ろうと思って撮ってないんですね。だけど、それを切り起こした時には、すごくそれを見ようとしてしまう。たとえば、ラーメン鉢を切り起こした写真でも、その手前にはおじいちゃんやネコが写ってたりもするんだけど、人によってはそっちに意識があったりして。そうか、日常的に見てるものとの距離感って、こういうところで人によって優劣が出るんだなと思いますね。

作品の素材となる写真だからこそ

ー 作品に対する周りの人の反応はどうですか?

写真を撮ってる方と作品の話をするとすごく面白い方に話が転がることが多いですね。視覚のメカニズムみたいなものをみんなカメラに置き換えて話ができるから。しかも、機械的にこれがそうだからこうなる、みたいなことだけではない奥行きが、写真をやってる人それぞれにあるので自分ともつながりやすくて。情緒的に作品を見たい方もいますよね。これは何を表してますか、どういう心情ですかって。だけど、「スイマセン、心情ではなく、見るのがこんなに面白いんです」って話なんですけど、写真をされてる方だと話が通じやすいんです。

ー なるほど。作品を作り続けていくなかで、写真への愛着はわいてきましたか?

カメラは普通にいろいろ使ってるんですけど、作品にする時は全部ネガでやってるんですよ。

ー そうでしたか! それは色味の問題とかですか。

いや、自分の作品に使うモチーフをちゃんとモノとして持っておきたいということですね。それにデータだと、整理がうまくできないので。だから撮影や展示の時なんかは、こういう靴箱とかにまとめて入れて持っていくんです。モデルさんを連れて行くみたいな感じで。

ー ネガもプリントも、箱の中にぎっしり詰まってますね。

こういうのがいくつもありますよ。だから、カメラへの愛着はあまりないんですけど、作品の素材としての写真にはすごく愛着がありますね。木彫をやる人が木を好きになるように。

ワークショップでわかってきたこと

ー 写真を切り抜くことへの抵抗感はありませんでしたか?

特にないですね、自分の写真は素材だと思って撮ってますから。他人の写真にはすごく緊張感がありますけど。ただ、ワークショップをやり続けてきた印象として、デジタルが普及してみんな気楽に切るようになったなという気はします。やり始めた頃は、おじいちゃんのような写真愛好家の方に作品の話をしたら、こんなことしちゃって…という反応もありましたから。

ー 一度、池田さんのワークショップを拝見したことがあるのですが、自分が撮った写真を切り抜くことで、撮った写真を改めてよく見ることになるんですよね。

教育的なことはそこまで考えてないんだけど、ただ、自分の視線がカッターの刃がなぞってるというのは感じてもらえたらいいなと思ってます。親子で参加してもらってる場合だと、お母さんが子どもを撮った写真を子どもがまた切り起こす時に、お母さんが見てた視線を子どもがなぞることにゾワッとしたり。ワークショップだと、その人にとって特別な時間と向き合ってる感じが、私と素材の関係とはまた違いますから。

ー ワークショップで使われるのは、とてもプライベートな写真ですもんね。

そうなんです。私は純粋に視覚的な感じで、わりと突き放した感じでやってるから、また違う見え方が出てきて、それはうれしいですね。それに、ある瞬間を切り取ったものがまた同じ空間に立ってることに、一人でドラマチックなものを感じたりして。たとえば、赤ちゃんの時、幼稚園に入った時、小学校に入った時の写真を切り起こしたものが、今、小学5年生になったその本人の手の中にあるとか。

ー そうか。時間と空間を超えて同一空間に並ぶことになると。

しかも、それをまた別の人が面白いって指を指した途端に、またその手と切り起こした写真の関係が出てきたりするでしょう。

ー 単なる2次元の写真とはまた全然違う世界がどんどん広がっていく感じがします。

ちょっとずつ見せかたも変わってきてるし、また新しくやれることが出てきたりするので。自分でもいつまでやるんだろうと思いながら(笑)。

取材・文 竹内厚Re:S 撮影 濱田英明

池田朗子
1997年、京都市立芸術大学大学院。2000年、チェルシー・カレッジ・アートアンドデザインMAコースを修了。国内外での作品発表のほか、美術館や大学での「切り起こし」ワークショップや、雑誌『エクラ』での渡辺淳一氏の連載に切り起こし作品が使われるなど、雑誌やウェブなどでも活躍中。
http://ikedaakiko.net/

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