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誰もが思い描く、ステレオタイプな「山岳写真家」のイメージを快く裏切る作品を発表し続ける、野川かさねさん。山に向かうときには今もなおフィルムカメラを愛用されているということです。お話を伺えば、野川さんがシャッターを切る、その一枚の裏にさりげなく佇むあれこれが浮かび上がってきました。
フィルムを選ぶ

ー 今もフィルムカメラを愛用されていると聞きました。

はい。もちろんデジカメも使っていますが、フィルムカメラで愛用しているのは、一眼レフの、このカメラ。

これは何台も買い直しているんですけど、一番最初に持ったのは19歳のとき。当時、いわゆる入門機として出ていたカメラなんですよ。それで、買ってから3、4年使ってて、その後、中判カメラに出会って、それを中心に使ったり、他にもいろんなカメラもいろいろ試したんですけど、6年ほど前に、もう一回これを使ってみようと思って。それで使い始めたら、あっ、これが一番自分に合ってるって。今は、ほぼ100%これです。フィルムもこれまでにいろいろ使ってきましたが、私が気に入るフィルムってことごとく店頭から消えていくんですよ(笑)。モノクロは今は富士フイルムの「ネオパン 400 PRESTO」を使っています。前は「ネオパンSS」を使ってたんだけど。

ー フィルムを選ぶときの、基準のようなものはありますか?

とても微妙で自分でも言葉では説明できないんですけど、仕上がりの質感が気になります。語弊があるかもしれないけど、「きれいすぎない」のがよくて。

ー ありのまま、という感じでもなく?

いや、ありのままなんです。よく、プリントしたときに私が見ているよりも綺麗に感じることがあるんですよね。それは私にはどっちかっていうと違和感があるから。

ー 「記憶色」って言って、普通人間って実際みたものよりも「もっと綺麗だったはず」って思うんです。それでたいていの市販のフィルムはその記憶色の方を再現するように作られているんですよ。

へ~! おもしろい! 「綺麗だったはず」の方の「綺麗」に合わせてるんですね。それで、カラーのフィルムは、今は実験……って言ったら失礼かもしれませんが(笑)、富士フイルムの一番一般的に出回っている「フジカラー SUPERIA X-TRA400」、あれを、ここ一ヶ月ほど使ってみてるんですよね。

心を打つ写真とは

ー プリントはどうされているんですか?

現像もプリントもプロラボに頼んでるんです。で、現像したネガは写真屋さんとかに持っていって「フジカラーCD」にしてもらいます。スライドショーとかで使うのに便利なんです。

ー プリントされるときは、どう指示されるのですか?

……ベタのままで(笑)。写ったままをプリントしてほしいっていう気持ちで。私は、ラグジュアリーすぎるプリントはちょっと違うかなって思ってるんです。黒の表現が深い、とか色の諧調が……っていういわゆる写真の正しいプリントの仕方については、私は、そこいらない(笑)、みたいな。うーん、なんだろう? わかんないけど……写真が偉すぎる感じ? それはやっぱ違うなって。

ー なるほど。

それって、たぶん単純に自分が仕上がりとして、どういう写真を好きかっていうことだと思う。私はやっぱり家族アルバムとかがすごい好きで、そういうの見てて、ああ、やっぱりこういう質感の写真に私は心を打たれるんだなって。ラグジュアリーなプリントを見て、もちろん美しいなって思うけど、自分が目指すのはここではないなっていうのを、けっこう昔に思ったので。それで、そこから量産されてるフィルムを使うようになったんですよ。だって、みんなが使ってるのって、一本600円とかするようないいフィルムじゃなくって、スーパーにも並んでいるような3本パックで400円とかのフィルムでしょう。そういうフィルムでこれが生まれてるんだったら、私もそっちを使って写真を撮りたい。今は、そういうことを当時ほど強くは考えていないけど、ずっと自分のなかにあるので。むしろ、町の写真屋さんでやってくれる写真の方が好きっていう。

だから、写真に綺麗な質感を求めてる人が私の展示を観に来たとき、その人は楽しんでもらえるのかな? って。そう思うから、モノとしてのクオリティは持ってたいなっていうのは、ある。でも、それが行き過ぎないところでやりたいっていうのもある。それはいつも思ってるので、どのフィルムを使えば、クオリティも保ちつつ、だけど……みたいな。だから、けっこういろいろ使ったんですね。

山をテーマに

ー 写真はいつから?

大学生のときですね。きっかけは、私、あんまりドラマチックじゃなくって(笑)、ただ、「なんかしたいな」って。私すごく、インドアな人間でして、中学、高校生ぐらいから、ずっとモヤモヤしたものがあったんですけどね、きっとそれの延長ですよね。普通の人が普通に思うことを普通に思って、で、普通にカメラを始めた。続けるのが得意なんですよ。だからそれを人よりしつこく続けてるだけで。それだけだと思う。

ー 野川さんといえば山の写真ですが、山を撮るようになったきっかけは?

そもそも自分の作品テーマを模索していた頃に、いろんな植物園をテーマに撮ってたときがあって、あ、このときの写真、結構いいんですよ(笑)。って、まだ誰にも見せてないんだけど。そんなときに、植物撮るなら山に行ったらもっといっぱい撮れるんじゃない? って気づいて。それぐらいなんです。

ー 植物っていうディティールから結びついたわけですね。山にロマンを感じて……とか、そういうことでもなく(笑)?

ないです(笑)。登山自体もそれまで全然していなくって、小学校5年生以来でした。

ー 旅行は?

あ~、正直、好きじゃない(笑)。大学の頃とかも、みんな海外とか行ってたけど、なんで海外に行くんだろう? なんで海外まで自分を探しに行かなきゃいかんのだろう? って思ってて。ただ、北海道に一人旅したことはあって、でもそれはもう本当に人に会うのがいやで「誰もいないとこに行きたい!」って。そういう結構インドアな考え方だったんです。

ー 山ではどういう瞬間にシャッターを切られるのですか?

すごいバカみたいなんですけど、今ってこれじゃないの?っていう何個か、「岩」「鹿」「木」「葉っぱ」とかって書いたリストが自分の中であって、そのコレクションを増やしていっている気持ち。でもその場に行ったら、光が綺麗だから撮る、みたいなことも、もちろんあります。でも、あんまり感情的になんないようにしていて。

ー なぜですか?

なんか……あんまり自分の気持ちが写ってる、とかはいやなんですよね。山は山でそこにあるものだから、あまり、そこに自分の今の気持ちを込めるとか、そういうのはなんか違うかなって思う。別に愛情なくってクールに撮ってるわけじゃなくって、山は好きなんだけど、じゃあ例えば私が今すごくおセンチな気分だったとしても、それを見せたいから山を撮ってるわけではないので。愛情を持って撮ってる、それは感じてほしいんだけど、心情の吐露ではない。っていうことですね。

意識と無意識のバランス

ー 写真を撮るときに、フレームは意識されますか?

それはします。でも、けっこういい加減なほうがいいですよね。何もかもをキメすぎるっていうのは自分の表現としては違うかなって思うので、そこでフィルムに戻るんですよね。綺麗なフィルム使って綺麗にプリントしてたら、それは違うんじゃないかって私は思うんです。そこでまず一つ外すっていうか、空気を抜く。そこにフードを使わないとか、フィルターを入れないとか、そこでまたワンクッション。でも、最終的には、撮ってるときには何も意識してないですね。それまでにいろいろ考えて。ほんとに、あんた真剣に撮ってんの? ぐらいの。いつも「はい。はい。あ、撮れたよー!」って(笑)。

カメラは、レンジファインダー(レンズに入った像を直接見る一眼レフカメラとは異なり、レンズに入る画像を距離計内蔵のファインダーで見てシャッターを切るカメラ。外見は、一般的なスナップ用のカメラに似ている。小型で持ち歩きやすい特長が。)も使った時期はあったんですけど、それだとゆるすぎる。だから、一眼レフが私は一番丁度いい。だから、そういうことだと思う。空気の抜き方。二眼レフも持ってます。でもそれも違う。あと、例えば6×7の一眼レフとかも、そのフォーマットがもう違うんです。キマリすぎてて。

ー レンズは純正のものではないんですね。

そうですね。前は純正のを使ってたんですけど、これが出たときにこれを買って。なんとなく感覚でこっちかなって。ラグジュアリーですよね。

ー 意外な感じがします。

あっ、レンズの性能生かせてないですか(笑)? なんでこれなんだろう? 純正のでもいいんだけど、自分の求めるものとしてはもうちょい、クオリティとして足りない。ただ、レンズによっては行き過ぎなものもあって。立体感がすごかったり。ただそういうレンズとすごく安いフィルムを組み合わせて使いたい……って、ちょっと、私、オタクっぽいですね(笑)。意外に。なんでも良さそうなのにね~。

ー 実は頭のなかでナチュラルに順序立ってるんだなって分かります。自分の枠があって、そこにどうやったら当てはまるかっていうのを実験的に試していて。

そうですねぇ。意外と、ねぇ(笑)。撮りたい絵があって、それを実現するためにフィルムカメラやフィルムを使っていろいろやってきてるかも。そう、だから私にとって写真は心情の吐露じゃないってことなんですよね。

ー 山というテーマを見つけて、町で撮る写真に変化はありましたか?

光の読み方とか捉え方が上手になった気がします。

ー それはモヤモヤが無くなって?

いや、もうそのころはしてないですね。モヤモヤには高校くらいでたいがい飽きましてね。中高で一生分くらいモヤモヤしましたから(笑)。もう悩んでる場合じゃないよ~、やんなきゃって。

取材・文 高木沙織Re:S 撮影 鍵岡龍門

野川かさね
2000年国際基督教大学卒業、2005年日本大学大学院芸術学研究科修了(修士号取得)、2005年6-7月 アーティスト インレジデンスでCESTA(チェコ、Tabor)に滞在。ホンマタカシのアシスタントを経て、フリーランスフォトグラファーに。ほか、アウトドアユニット「noyama」や、クリエイティブユニット「kvina」としての活動も。3月9日、「kvina」による東北案内の本が発売。同時に渋谷パルコロゴスギャラリーにて関連展示「Mi amas TOHOKU 東北が好き」がスタート。
http://kasanenogawa.posterous.com/

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