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Going Beyond

〜 その先を創る 〜

豊富な資源「マグネシウム」を用いた、
画期的な電池を開発。
そのアイデアはメモ帳の中に。

東京工業大学名誉教授
矢部 孝 氏

次世代型電池として、現在大きな注目を集めているのが
海水や砂漠に豊富に存在する「マグネシウム」を用いた電池だ。
これを開発したのが東京工業大学名誉教授の矢部孝氏。
レーザー研究の第一人者でありながら、
あらゆる分野に興味を持ち続けたことが、
研究成果につながったという。

効率的な再利用を見据えた
マグネシウム電池を発表。

マグネシウム電池とはどのようなものですか?
食塩水にマグネシウムと活性炭を浸すと、マグネシウムから電子が発生して電流となることは古くから知られています。マグネシウムは燃料電池として活用されている「リチウム」の8倍以上の電力量があり、水素燃料と比べて引火のリスクも少なく、保存しやすいのが特徴です。しかも、使用後のマグネシウムを還元することで、電池材料として再利用が可能です。しかし今までは、化石燃料を大量に使い、コストと環境負荷をかけつつ還元するしかなく、研究者は頭を悩ませていました。これらをすべて解決するのがレーザーを活用したエネルギー循環システムです。まず、原料となるマグネシウムを海中から淡水化装置によって取り出し、マグネシウム電池を作ります。使用済みのマグネシウムは「水酸化マグネシウム」となりますが、ここにレーザーを照射すると瞬時に酸素とマグネシウムに分離され、マグネシウムが取り出せます。これを再び電池に加工して……というサイクルを構築することで、マグネシウムの有効利用を実現したのです。
なぜレーザーで照射する必要があるのですか?
酸化マグネシウムを分離するには大きなエネルギーが必要です。そのために従来は、莫大な量の石炭を燃やさなければなりませんでしたが、そうなると、エネルギー効率が悪く本末転倒ですよね。そこで私たちは、太陽光から励起させたレーザーや、風力や地熱などの自然エネルギーを用いた半導体レーザーを利用しました。これなら低コストで自然環境に負荷をかけることもなく、マグネシウムを取り出すことができるのです。
既存のエネルギーとは何が違うのでしょう?
例えば、電気自動車が環境に優れていると言われていますが、本当でしょうか? 火力発電所から送電網で送られるまでの電力ロスを私なりに試算してみると、電気自動車のエネルギー効率は約24%しかないのに対し、ディーゼルのエネルギー効率は約50%です。かつては排出される微粒子が問題となっていましたが、高性能フィルターによって現在はとてもクリーン。そうすると、電気自動車よりもディーゼルの方がエネルギーを無駄なく利用しているということになるのです。意外かも知れませんが、これこそ多くの人々が見落としている側面なのです。つまり環境配慮型製品は、一面的な部分をフォーカスして「この製品は環境に優れている」と評価するのではなく、社会全体の中でいかに効率よく資源を活用し、再利用しているのか、全体を見据えて評価すべきなのです。この点、マグネシウムは海中に1,800兆トンもあると言われています。これは毎年使用されている石油100億トンの10万年分に匹敵する量です。電池材料として活用されているアルミやニッケルと比べても、そもそもの資源量が桁違いに多い。さらにリサイクルの過程においても化石燃料を使わないので低コストであり、CO2も排出しません。真の循環型エネルギー社会は、マグネシウム電池によって構築できるのです。

何にでも興味を持つ、そしてメモを取る。
その繰り返しが成功につながった。

レーザーやマグネシウム電池に興味を持ったのはいつ頃ですか?
大学で物理学を学んでいた1970年代初頭、日本はオイルショックにより大きな不安に包まれていました。そんな折、レーザー核融合技術※をアメリカが公表したのです。日本のエネルギー問題を最先端のレーザー技術で解決できないか。そうした思いから、私はレーザーの研究家としての道を歩み始めました。けれども、レーザー実験は大掛かりなので一日一回しか実施できません。実験を成功させるためには、事前のシミュレーションが不可欠です。そこで高精度の検証ができるシミュレーターを自前で開発している間に、シミュレーションの専門家としても名が通るように。国や企業から相談を受けるまでになりました。また2000年代初めは、レーザーから生み出される推進力で、ロケットを飛ばそうという実験にも着手。この実験では当時NASAが保有していた同じ技術の1,000倍以上のエネルギーを生み出すことに成功しました。これらの研究をさらに推進するには、政府をはじめ社会全体から幅広い支援と理解を得ることが必要と判断し、まずは社会的な関心が高い分野で成果を出そうと、エネルギー循環システムについての研究を本格的にスタートさせたのです。

※レーザー核融合技術:レーザーを燃料に照射することで、内部の原子核を融合させ、そこで発生したエネルギーを取り出す技術。
マグネシウム電池までには、紆余曲折があったんですね。
確かに回り道をしたかもしれませんが、今日に至るすべての経験が私の血肉となり、成果に結びついています。例えば海中からマグネシウムを生成する淡水化装置は、大学時代に養殖業者から頼まれて開発したエアレーション、いわゆる「ブクブク」の構造がベースになっています。マグネシウムという素材にも、ある省庁から依頼されたシミュレーション実験で出会いました。私の研究の核はレーザーですが、そこに留まることなく様々なことに興味を持って探究したことが、結果的に大きなプラスに働きました。
経験やアイデアを生かすために、心がけていることはありますか?
人間はすべての経験を覚えておくことはできません。また、画期的なアイデアが浮かんでも、思いついた直後の時点では「荒唐無稽だな」と自分で否定してしまいがちです。これらを食い止めるために、小型のノートを常に持ち歩き、メモを欠かさず取ってきました。その習慣は20代の頃から変わりません。まずはメモする。そして意識的に時間を置いてから振り返る。その繰り返しが、新製品につながったのです。
B6サイズのノートにはぎっしりとメモがされている。

リスクばかりを恐れていては前に進めない。
今日本に必要なのは、思い切った決断。

日本の「ものづくり」がさらに伸びるために、何が必要と感じますか?
現在開発中のマグネシウム電池は、実用化まであと少し。大勢の方々のサポートに改めて感謝しています。一方で、今回のような未知の研究分野に対し、日本の企業や行政が積極的に参加しないということに、危機感を抱いています。私が丁寧にプレゼンしても、担当者は「こんなに素晴らしい技術なら、どうして他はやらないんですか?」と。その言葉の裏には、「何かしら欠点があるから他は手を出さないのでは?」という疑念がある。まずリスクを避けることを優先する傾向があります。一方、海外の企業は、何よりもまず可能性に着目し、向こうから我々にコンタクトしてくる。ビジネスですから慎重にリスクを検討することは大切です。しかし新たな価値を創出するには、他社に先駆けた思い切った決断も必要だと思いますね。
最後に今後の抱負を教えてください。
私が大学にいた頃は、レーザー核融合でエネルギー問題を解決できるなんて誰も思っていませんでした。それを実現する第一歩が、社会の中を通貨のように循環できる再生可能なマグネシウム電池なのです。理想にはまだ程遠いかもしれませんが、私が生きている間に、なんとかその礎を作りたい、本気でそう思っています。

PROFILE

矢部 孝 氏
1950年宮崎県生まれ。東京工業大学名誉教授。1973年東京工業大学工学部機械物理工学科卒業。その後はレーザーの可能性に魅せられ東京工業大学、大阪大学、群馬大学などで研究を重ねる。現在はベンチャー企業の代表取締役としてマグネシウム電池をはじめとした開発品の製品化を目指す。

記事公開:2016年12月