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機内誌『翼の王国』の人気連載『おべんとうの時間』。ふつうの人のふつうのおべんとうをシンプルに紹介するページは、まっすぐに心へ届く写真と文章で多くの人に支持されています。今回はそのページをつくるカメラマンの阿部了さんとライターの阿部直美さん夫妻にお話を伺いました。

大判フィルムカメラでおべんとうとその持ち主を撮影するカメラマンの了さんと、おべんとうをきっかけにその人自身にぐっと迫るライターの直美さん。書籍『おべんとうの時間』(木楽舎)は、4月に続編が出たばかり。全国各地の取材先へは毎回2人+お子さんの計3人で訪れる。

おべんとうのポートレート

ー まずは、目の前にドンと置かれたこのカメラについて聞かずにはおられません。

了:日本製の4×5(シノゴ。4×5インチのシートフィルムを使用する大判カメラ。雑誌やポスターなど、完成時に大きく引き伸ばす必要のある分野でよく使われてきた)のカメラです。バックを変えると8×10(エイトバイテン。8×10インチのフィルムを使用する大判カメラ)になって、もう1個大きいサイズになります。僕がアシスタントをやってた1990年当時は人物やファッションの撮影が多かったんですけど、だいたい4×5で撮っていましたね。

ー そういう時代ですね。

了:だから、僕も1995年にフリーになったんですけど、自然と手にとった感じですよね。あと僕、もともと8×10で、友人が住んでいる部屋を撮影するシリーズを撮ってまして。同じ人の部屋を1989年、1999年と追っていたりして。で、『おべんとうの時間』を2000年くらいから撮り出したんですよ。雑誌に掲載されているのはカラー。それとは別に写真展もやりたいと思っていたので、それはモノクロで、と決めていて。だから、モノクロのフィルムとカラーネガをいっつも詰めて撮り分けてました。僕、おべんとうの写真は、「おべんとうのポートレート」って言ってるんですけど、それを人のポートレートと組み合わせた、その世界を並べたいなっていうのをずっと思っていて。

ー おべんとうのポートレート! まず、そもそも、なぜおべんとうを?

了:なぜですか? 最近よく分からなくなってきた(笑)。

直美:(笑)。

了:べんとう好きなんですけどね、もともとはね。

直美:そう。彼はべんとうが好きなんですよ。人が食べるものを見たい!

了:人が食べてるもの、例えば店に入って隣の人が食べてるものを見たい、気になるというか。みなさんもあると思うんですけども。それは部屋を撮ったシリーズについてもそうなんですよ。

ー そうですよね。私的な部分。

直美:覗き見したいようなね(笑)。でもやっぱり、おべんとうに関してはそれ以上に、とにかく食べることへの興味ですね。付き合いはじめたときから会うたびに「今日の昼なに食べたの?」って必ず聞かれる。で、私なんてなんにも考えてないからすぐ忘れちゃって、えーっとえーっとって思い出して、これとあれと……っていうと、すごい嬉しそうに(笑)。

了:その人が食べてるものって、性格だったりいろいろ出ると思うからね。食の話って尽きない。今日だって、さっき編集者さんと2時間くらいずっと昨日の夕飯の話してたもん。

ー 2時間(笑)! それを写真で撮りたい、フィルムでのこしたいって思ったのはなぜなんですか?

了:おべんとうっていうのは前から興味あったんですけど、料理の世界、プロの作ったものも素敵ですけど、そうじゃなくてもうちょっと身近な感じでなにかできないかなって常に思っていたんですよ。

直美:最初は、知り合いに声をかけて撮らせてくれる人知らない?って聞いてたんですけど、やっぱりみんな、写す価値のある、特別なべんとうを推薦しなければいけないっていう気持ちになるようで、見つからず。私たちはふつうのべんとうでいいと思ってもやっぱり周りはね。それで、もう自分たちで新聞でもなんでも手当たり次第探して行こうって。もう、ずっと彼はべんとうのことばっかり考えてるんです。次はどうしよう?次はどうしよう?って。

了:そんなことないよ(笑)。いっつも考えてんのは、朝起きたら、今日の夜なに食べようかな?ってこと。

4×5でのこす世界遺産

ー 最初からずっと4×5で?

了:ポートレートとおべんとうは、そう。食べてるとこは6×6(ブローニーフィルムを使って真四角に撮影できる中判カメラ)でフィルムで。

ー 自然に4×5を手にとられたということですので、そのセレクトにそこまで深い意味はないのでしょうか?

了:ほんとはね、8×10で撮りたかったの。でも現実的に、スペースも時間も限られるから、今も実際おべんとう撮るときに、後ろのジャバラが伸びて、それを真俯瞰なので三脚つけるとけっこう高さが出て、すごいことになってるんですよ。8×10だともっとすごい。

ー そうなんですね!

了:自分のべんとう撮りに来たっつって、こんっなことになるなんて。

ー それはもう、びっくりしますね(笑)!

了:ですよね。でも、僕らにとっては世界遺産なんで。

ー 世界遺産!

了:部屋のシリーズもですが、もともと被写体と向き合うのが好きで、やっぱり向き合うカメラとしては、4×5は良いカメラだと思うんです。

ー そうですよね。カメラ、ちょうど顔ぐらいの大きさです。

了:35ミリだと向き合えないっていうわけじゃないんですけど、写真展をすることや、印刷物にすることを考えていたので、それを見た人が現実にその光景を見るかのように、この世界を見てもらいたかったから、その写真を引き伸ばしたときの粒子とかをあんまり出したくなかったんですよ。

ー 実際に目で見たそのものの状態へ、より近いように。

了:そうそう。あと僕らは、100年後の人もこれを見てもらいたいなっていう気持ちがあるんで、フィルムっていうのは選択肢としては必須で。で、ネガで撮ってプリントしてるんですよね。

ー そうですね、そう思うと、ほんとうに世界遺産ですね。プリントはどうされているんですか?

了:ラボにお願いしています。プリントが焼き上がってきた時は、やっぱり嬉しいですし、カメラマンとして「やった!」って思いますよね。デジタルもフィルムも同じですけど、画面上で見るんじゃなくてね。

ー なぜ写真展の方はモノクロで?

了:カラーの情報をなくした、食べ物の世界って面白い。とくにお米がね、カラーの情報を排除したとき、その質感がなんかね、それぞれ違うんですよね。この人、固く炊いてるな〜、とかね、まあそれはもうマニアックですけど(笑)、そういうのがこちらのポートレートと結びついたときに独特の世界ができる。ご飯、おにぎりも、これまでに150人くらい撮ってきて、1つとして同じのないからね。だから、コンビニに行くといっつも同じものがあるからびっくりしちゃうよ(笑)。

ー そうですね(笑)。

了:でも、この人たちにとってはいっつも同じなんだよね。同じである安心感。日々の生活ってそういうこと。だから、僕の写真はすべて、そういう日々の日常を切り取ってるだけです。でも写真のおもしろさってそこかなって。流れじゃなくって、その瞬間を切り取るわけですけどね。

ー そうですね。そこに留めるわけですよね。

了:それが写真のすごいところですね。

ー 了さんの日常、ご家族など撮られるときはどのカメラを?

了:最近はデジタルが多いですよね。前はフィルムが多かったけど、ここ2年くらいはデジタルが多いかな。デジタル一眼レフだったり、コンパクトなデジタルカメラも使いますよ。

ー なるほど。アルバムとか作ってますか?

直美:なんとなくですがぺたぺたと貼ったアルバムはありますね。どうしてもたまってしまってはいるんですけど(笑)。私はどっちかっていうとデジタルで管理するより、とにかく目に見えるモノを持ってたいタイプなんで、アルバムの方が好きですね。彼が、たまに気が向くと突然プリントしてくるんだよね。

了:うん。

直美:そういうのを見て、やっぱりプリントはいいね〜なんて言いながら貼って。

了:やっぱり画面で見るのとは違いますよね。この手で触った感覚がいいんだよね。落ち着くっつうか。酒も進む(笑)。画面見ながら一杯……じゃ、つまんないよね。

ふつうの人のふつうのお弁当

ー 名は体を表すと言いますけども、そのおべんとうがその人を表すっていうことはあるんでしょうか?

直美:神経衰弱みたいに、プリントでこれとこれ、みたいなね(笑)。

了:たぶん、みなさんは分かんないと思うけど、人のプリントとべんとうのプリントがバラバラであって、組み合わせできるの、俺しかいないと思うんだけど、絶対に分かりますね。やっぱり、この人にはこのべんとうなんですよ!

直美:……ふふふ(笑)。

了:いつも終わってから、宿とか家で酒飲みながら「あの人良かったよな〜」ってね。写真やってなかったらこの人には会えてなかったっていうのがほとんどで。その現場で会えた、っていうことが、もう写真なんですよ。

直美:いつも、たまたまその方に出会うわけですよね。おべんとうも、事前にお話も全くしないので、ああ、今日はこのおべんとう、と。すべて初めて出会いなんですけど、いつも終わって、ああ、この人だよね、やっぱり!って気持ちになるんですよね。だれでもほんとうにいいと思うんですよ。でも毎回、今回会うべき人は、その人だったんだなんだなーって、それはいつも2人で言ってますね。

了:五島列島に行こうと思ったときも、ここではこういう人のおべんとうが撮れたらいいなって、何年かかけて何本も電話してるんですよ。でも、何度も断られて、ああ五島列島ではだめかもなっつって。でも、去年市役所の人に相談して1人紹介してもらったのをきっかけに、もう1人ツテで、ある人に辿りついた。それは、もしこれまでに断られてなかったら、その2人には出会ってないわけですよ。

ー そうですよね。全て伏線。

直美:行き着くまでが大変なんだけど(笑)。

了:断られてる数の方が多いんですよ!

直美:でも、もう執念で最後は偶然を引き寄せちゃうんでしょうね(笑)。

了:そう。だって、彼女と結婚してなかったらこういう形になってなかったかもしれないし。失敗したな〜なんて思ってるかもしれないけど(笑)。

直美:(笑)。

ー 最初に始められたときは、なにかに掲載されるとか展覧会が決まってるとか具体的な予定無しに、とにかくカタチにされたって聞きました。

直美:……大変でしたよ(笑)! ○○新聞の阿部です、とか、△△っていう雑誌です、とか、なんの肩書きも全くない。それでも、ほんとに撮らせてくれる人がいたっていうこと、それに尽きますよね。結局、そういう状態で80人くらい撮らせてもらって。それで、その人たちがいたからこそ、それを持ち込んで連載も始まったし、本にも出来た。これまでに150人くらいの方々を撮らせていただいたんですけども、全員が本や雑誌で発表されているわけではないんですよ。でも、その、外に出てこない方々の気持ちがあったからこそ、私たちが今こうしていられるんですよね。

了:私たちのライフワークにこうして協力してくれた人がいた。それが、なんか、日本っていう感じがしますよね。

ー そうですね。それを再発見する旅っていう気がしてきます。

了:そう。10人くらい撮ったとき、プリントして並べてみて、これはおもしれぇなって、これをやってくしかないなって思ったんですよ。そっから80人くらいまではもう2人で自画自賛ばっかりしてて。

直美:(笑)。

ー 『おべんとうの時間』を読んでいるとアルバムをめくっているような気持ちになります。自分を振り返りたくなるような、そしてそれを肯定してあげたくなるような。

直美:ふつうの良さですよね。みんな、1日1日をコツコツと生きてる。特別なものじゃなくって、目の前の仕事を一生懸命やって、おべんとう食べて生きてるんだ、って。そして、その人には家族がいたり、大好きな誰かがいたり、想い合えるような人がいて。足元のそういうところですよね。そこにみんながどこか、なにかしら気持ちがひっかかって自分のことや誰かのことを思ったりできるっていう。それを、『翼の王国』で連載できているということで、サラリーマンのおじさん達に読んでもらえるっていうのが私は嬉しいですね。たぶん本でだけ出ていたら、本屋の特定のコーナーに並んでいたらそうはならなかったから。幅広い人たちが見て、それぞれに自分のことのように思ってもらえたっていうのが本当にラッキーだったなって思いますね。

ー お2人と、そしてお子さんと3人で、おっきいカメラもって全国各地に現れて。

了:興行です、興行。

直美:10日間かけて九州巡業とか四国巡業とか……ほんとに興行ですね(笑)。

取材・文 高木さおりRe:S) 撮影 藤堂正寛

阿部了
1963年 東京都生まれ。国立館山海員学校卒業後、気象観測船「啓風丸」に4年乗船。その後、東京工芸大学短期大学部写真技術科で写真を学ぶ。立木義浩氏の助手を経て、1995年よりフリーランス。人、旅、食、スポーツと幅広い分野で活動する。作品に、10年ごとの友人とその部屋を8×10で撮った「四角い宇宙」や、自ら料理、文、写真を担当した「詩のある食卓」などがある。
阿部直美
1970年 群馬県生まれ。獨協大学外国学部卒業後、情報サービス会社に就職。4年間の会社員生活の後、雑誌編集部、音楽事務所などを経て、現在はフリーランスのライターとして活動する。季刊新聞『リトルヘブン』で、写真家の芥川仁氏とともに日本全国を巡り、人々の暮らしや土地の魅力を伝えている。

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