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前回ご紹介した山本写真機店の取材の帰り、せっかくなので、まだ渡ったことのない「しまなみ海道」を渡ってみようと思い立った僕は、「そういえば、四国にも頑張っているいい写真屋さんないかなあ?」と考えました。しかし、どうにも思いつかない僕は、Twitterの力を借りることにしました。

「四国で、フィルムや銀塩プリントを愛してる 丁寧なお仕事の写真屋さん、ご存知の方いませんか?」。

そんな僕のつぶやきが、全国の写真好きの皆さんの協力で次々とRT(リツイート・引用)されていきます。瞬く間につぶやきが広がっていくのを感じながらも、しかし、その回答は一向に返ってきませんでした。ほぼ1日が経って、四国にそんな写真屋さんはないのかもしれない。そう諦めかけていたとき、1人の方から、こんなつぶやきが。
「愛媛の南海カメラさんはどうでしょうか (・∀・) 」。
南海カメラ! そうか! そういえば、僕は数年前に大阪で、南海カメラの宇都宮さんという女性にお会いしていました。そのとき「またいつか伺わせていただきますね」なんてことも言っていたのを思い出しました。僕はすぐに連絡を取り、お店のある愛媛県へと向かいました。

松山市竹原町という小さな街にたたずむ、1軒の写真屋さん。そこで日々、写真を焼き続ける宇都宮由美さんは、まさに出会うべき人でした。ぜひ、インタビューを読んでみてください。

宇都宮:私が写真屋さんを始めたのは、なりゆきの出来事なんですよね。ちょうど12年前、私はその時、結婚して名古屋にいたんですが、ここを営んでいた父が倒れて、それから1ヶ月ちょっとで、あっという間に亡くなってしまって。

藤本:お父さんはおいくつだったんですか?

宇都宮:60歳です。ちょうど妹がカメラ好きで、写真サークルに入ってよく撮っていたので、妹が継ぐっていう話になったんですけど、「やっぱり私は無理だ」って。それで、全く別の仕事をしていた姉の私が継ぐことにしたんですよ。当時は、写真やカメラに興味がなかったんですけど、両親がこの店を始めたときのことを私は知っていて、お客さんとのやりとりを小さい頃から見てきていたので、店を閉めてしまうのは、なんかさみしいなって。だから自分の中で、とりあえず10年やろうと。

藤本:10年というのは?

宇都宮:ひと区切りが10年って言うでしょ? 私は、やってもいないことを、出来るとか出来ないとか、頭で判断してしまうのは嫌なのね。とりあえずやってみて、でも、途中で音を上げるのも悔しいから、とにかく10年ぐらいならなんとか保つかなって。

藤本:なるほど。

宇都宮:で、10年経った。最初に決めた10年は続けたんやし、正直、辞めようかなって考えたりしたのね。そこから先のやり方をどうしたらいいかわからなくて。でも、待っててもそういう情報は入ってこないし、やっぱりこれは自分から外に出ていかんと、って思った。情報は、問屋さんやメーカーさんから聞いているだけじゃわからないし、ネットもあまり信用できないから、自分の目で見るしかないと思って。それが今から3年前くらいのことかな。

そんなときにタイミングよく富士フイルム主催の、写真屋さんの集まりがあって。そこに参加したことで、私よりもだいぶ年下の子たちが頑張っているのを間近で見て、どうせ辞めるんやったら、こっから10年は自分の好きなことをやってやろうって決めた。自分は何よりもフィルムカメラが大好きやし、うちには父がのこしてくれたカメラもある。私は撮る方は全く無理なのね。でも、プリントするのはすごい楽しいから、そっちで自分がどこまで頑張れるかやってみようって。プリントにこだわっているお店は愛媛に、というより四国にはないと思ったから。


宇都宮さんが自らNATURAで撮影した写真を使い、
作ったハガキサイズのショップカード。

藤本:お客さんは四国のいろんなところから来られるんですか?

宇都宮:そう。愛媛県内はもちろん、高知とか徳島からも、わざわざこんな遠くまで。あと、郵送での受付もやっていて、いろんなところから注文してきてくれます。で、初めてのお客さんは、ほとんど必ずリピーターになってくださるんですね。

藤本:郵送受付って顔が見えないだけに大変な部分がありそうです。

宇都宮:ほとんどがおまかせでの注文なんですが、毎回、その方が使っているフィルムと、メールの文面で人となりを読みとるようにはしています。私、年齢がいってるんでね(笑)、わりと当たる。いや、すっごい当たる(笑)。これは、私が女性で、お母さんをやっているからっていうのもあるかもしれない。メールの雰囲気と、撮ってる写真の雰囲気と、使ってるカメラとで推理して。あと、初めてのお客さんでプリントする時に自分が迷ったら、必ず2、3枚、違う風合いで焼いたものを入れる。「どれが好みかわからんから」って言って。

藤本:なるほど。それはいいですね。

宇都宮:必ず手書きの手紙を入れて。あと、変わったものを1個入れる(笑)。

藤本:何ですか?

宇都宮:変わったものっていうか、松山の写真とか、おまけみたいなものね(笑)。こないだすごく嬉しかったのが、郵送プリントの長年のお客さんで、高松にずっと住んでたんだけど、結婚してから京都に行った子が、高松に住んでた時も来られなかったのに、初めて店に来てくれて。「たまたま、こっちに来たんで、どうしても宇都宮さんに会いたくて来ました」って。

藤本:すごいなぁ。

宇都宮:その子は、「NATURAで撮った新婚旅行の写真の上がりを見た時、空気感がそのままだったんです」って言ってくれて嬉しかったですね。


ワークショップや写真展などイベントの開催も多い南海カメラ。
店内にはワークショップで撮影された写真が展示されています。

藤本:僕は、写真を焼くプリンターさんって、特にカラー写真においては女の人のほうがいいなと思っているんです。小さい頃から花をかわいいと思ったり、身につけるものもそうだし、カラフルなものにずっと接してきてる。だから、そういうカラフルなものを見て気持ちが上がったりするのは、根本的に女の子。男ってモノクロ写真的というか、写真の風合いが硬いか柔らかいかっていう、わりとそういう世界だと思うんですね。

宇都宮:私、自分で撮るのはすごくダークな、逆光の写真とかシルエットの写真とかですね。中身が男なんで(笑)。

藤本:じゃあきっと、宇都宮さんはその両方をあわせ持ってるから余計いいんですね(笑)。

宇都宮:でも、確かにそうですよね。よその写真屋さんを見てても、きれいやなぁと思うプリントって女性が焼いた写真かも。

藤本:感覚の部分ってすごい大事で。男ってどのレンズを使うか、とかスペックを重視しがち。もちろんそれも大事なんだけど、でもプリントはそれ以前のところにあったりするから。

宇都宮:今の写真は昔とは違いますもんね。昔は構図とか白黒の諧調とか、そういうところが重視されていたけど、今フィルムカメラを使ってる人の多くは、そういうことを求めてないでしょ。

藤本:もうちょっとラフに楽しんでる感じですね。

宇都宮:そう。私は小さい頃から、父親から「こう撮らなあかん」って写真の決まりごとをいつも言われて、もう写真無理、大っ嫌いだと思ってしまって。「角度はこう」とか言われるのがすごい嫌で、どうでもいいやん、そんなことって(笑)。落ちてる葉っぱを撮って何が悪いの? っていう感覚ですよね。だから、「どうやって撮ったらきちんと撮れますか?」って聞く人がいるけど、好きに撮ったらいいのよ、って。

藤本:宇都宮さんの、そういうところがいいんですね。

宇都宮:お客さんに「今まで自分が36枚撮った時に、いいなと思うのが1カットか2カットくらいしかなかった」って言われるんですけど、「いや、それは間違いや」って言うんですよ。だって自分が、いいなと1枚1枚大事にシャッター押してるんやから。それがちゃんと伝わってくるから、こちらはしっかりと仕上げるっていうことでしょ。

藤本:ほんとそうですよね。イメージと違うっていうのはあっても、それは別にダメな写真ではない。

宇都宮:そう。ただ、光沢の印画紙だけじゃなくてマットの印画紙を使ってみたりとか、白フチをつけてみたりとか、色を少しだけ明るくしたり暗くしたりするとか、1枚の写真の中でも「この部分をもうちょっと目立つように」とか、ほんのひと工夫だけで変わるんです。

藤本:だからこそ、どのプリンターさんに焼いてもらうかっていうことが大事。

宇都宮:うちは富士フイルムのフロンティア(現像プリント機)で焼いていますけど、あれって焼き方のチャンネルを設定できるんですね。うちは、オリジナルの焼き方のチャンネルを16くらい作っていて。こんなにたくさんあるのは珍しいんじゃないかと思います。

藤本:このお客さんは何番のチャンネルで、とかあるんですか?

宇都宮:だいたい決まってる人もいるし、あとはフィルムによって使い分けたり。でも、基本は「yumiプリント」の設定で焼くんですよ。yumiは私の名前ね。プリントの裏にちゃんと「yumiプリント」って書いてあるんです。

藤本:チャンネルを決めたら、あとは機械に通すだけなんですか?

宇都宮:いえ、もちろんその上で、いろいろ調節します。だって、撮ってる被写体とか光の加減によって変わるでしょ。だから何も調節しないっていうのはあり得ない。よっぽどのことがないと私以外の人がプリントしないから、私の仕事がどんどん溜まってますよ(笑)。

藤本:大変。

宇都宮:そんなこともないですよ。なんか楽しいですよね。自分は行かなくても、お客さんの写真をプリントすることでいろんなところに行けるでしょ。

藤本:シャッター押す時って、基本的に気持ちが上がった時、楽しい時だから、そういうのを受け取っていたら、こっちも気持ちが上がるっていうか。すごくいいお仕事ですよね。

宇都宮:そうですね。来年で店を引き継いで13年になるんですけど、なんかね、今、一番おもしろい。写真屋は今、確かに大変やけど、私は楽しいんですよ。とりあえず、また10年がんばろうと思います。


(左上)夕暮れ時に訪れた愛媛の玄関口、松山駅。レトロな駅舎が特徴的です。
(右上)夏目漱石の『坊つちやん』に登場することがその名の由来、坊っちゃん列車。これ、実際に動き出して市内を走るのです。2001年より復元運行されるようになりました。
(左下)松山と言えばやはり道後温泉。戦前に建てられた近代和風建築は、街のシンボルです。
(右下)道後温泉の守護神として創建されたと伝えられる湯神社。

松山市竹原町51-13 TEL:089-945-4121
http://www.nankaicamera.com

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