60年ぶりの大遷宮を迎えた出雲大社に向かった今年の5月。
20年ごとに式年遷宮を繰り返す伊勢神宮と違い、出雲大社の遷宮は、損傷にともなう遷宮で、だいたい60年に一度くらいという流動的なもの。そんな貴重な機会を逃してはと、「平成の大遷宮」に沸く島根へとやってきた僕は、島根にもよい写真屋さんはないものかなあ? と、ふと思いました。
そこで思い出したのが今回のお店、カメラのハマダ。安来節で有名な島根県安来市をベースに、島根と鳥取にいくつかのお店を構えるカメラのハマダは、以前、全国の写真屋さんからメッセージを募ったことがあるのですが、そのときにとても素敵なメッセージをいただいたのを覚えていたのです。そこで早速、ホームページを覗いてみると……。
トップページで目に入ったのが、いきなり「支店閉店のお知らせ」でした。
写真屋さんにとって、とても大変な時代。縮小というのはよくある話です。しかしそこに何か前向きな空気を感じた僕は、あえてカメラのハマダに行ってみることにします。
そしてその判断は正解でした。
藤本:支店を閉じられると知って、驚きました。
浜田:今後、どう生き残っていくかということなんです。実は、売上は、支店を閉める前の1月から3月で、前年対比22%増でした。それでも本店1店舗でいくことを決めて。というのも、昔はDPEの機械さえあれば専門店だっていう認識がまかり通ってましたが、本来はそうじゃないと思うんですよ。だから、今一度、自分達の仕事に専門職としてきっちり向き合おうと。お客さんにとって何が必要なのかを考えて、大事だと思うことを伝えながら商売できたらって。そのために前向きに縮小という手法をとったんです。
藤本:社員さんは今何人おられるんですか?。
浜田:正社員が2名で、契約社員が4名、パートが1名です。支店を閉めるときも誰かに辞めてもらうということはなく、「全員、本店で面倒をみるよ。クビ切りはしませんよ」と伝えました。ただ、やっぱり各支店でやっていたことが違ったので、難しいですよね。ただの受付業務だけじゃなくて撮影のような専門的業務も入ってきたり。今までやってたことは、お寿司屋さんに行って「トロください」って言っても、「ハマチなら……」って言って、出してたようなもんだったけど、それじゃあもう生き残っていけないよって。
藤本:閉めることを決断されたのは、いつですか?。
浜田:実はですね、僕が代表になって今年で3年目なんですけど、代表になった年にはもう、一度ゼロにしてやり直そうって決めましたね。で、みんなに伝えたんですけど、先代の親父といろいろありまして(笑)。やっと去年の夏に、いよいよこれでいくぞって強引に進めてしまいました。
藤本:お父さんは初代ですか?。
浜田:いや、2代目で、僕が3代目になります。昭和35年に祖父が創業して、親父の代で店舗数が増えて。で、僕の代になって店舗数を減らしたっていう。
藤本:きっとお父さんの頃が一番、写真屋さんの商売として、「いい時代」でしたよね。
浜田:そうですね。それこそ当時はフィルムが1日300本とか、普通だったんですよ。でも今なんて1日に3本あるかどうか。
藤本:そうですよね。浜田さんは、ずっと島根におられるんですか?
浜田:いえ、5年ほど大阪にいました。写真の専門学校に2年と、広告写真の仕事で3年。高校生のとき、大学へ行く目的が見つからず、かといって具体的に何かになりたいわけでもなくて。だからもう、写真の勉強でもした方がいいのかなと専門学校へ行ったんですよ。でもそんな中途半端な感じだったんで学校もあんまり行かず、バイトばっかりしてましたね。卒業してからは広告写真のスタジオに入ったんですけど、しばらくしてそろそろ実家に帰って店の手伝いをせんといけんかなって思うようになってきて。それで、1999年、24歳のときに帰ってきました。
藤本:なるほど。閉店した今は、お父さんもあまり何も言わなくなりましたか?
浜田:いや〜、同居していますから、微妙な空気が流れることは多いですね。ただ、社員が言うには「会長(お父さん)も穏やかになって、昔に比べて社長と会長との板挟みがなくなってきました」って(笑)。
藤本:そうですね。この大変な状況のなかで売上を上げている学さんのことを、ちゃんと認めておられるんでしょうね。
浜田:実は、プリントの売上も前年対比104%なんです。
藤本:えっ、すごいですね!
浜田:代表になってからずっとお客さんが求めてることは何かって考え続けてきて。で、結局思ったこと。いつの時代もお母さん方はやっぱり自分の子ども写真が欲しいですよね。特に、保育所や幼稚園で過ごす姿は普段見ることができないからなおさら欲しいはずだと思ったんです。たまに、遠足や運動会の後なんか、壁いっぱい写真を展示して、欲しい写真の番号を伝えてっていうのがあると思うんですけど、それをもっとやりませんか? って先生方に提案しました。
藤本:なるほど。
浜田:あるお客さんが、「保育所の先生たちもデジカメでよく撮影されてるから、ほんとは先生が撮られた普段の子どもたちの写真がもっといろいろあるはずなんだけど、そういうのちょっとしかもらえない」って話されてて。実際、先生方たくさん撮ってるんですけど、全部自分で選んでプリントするのが大変だし、時間もとれずで。だから、僕たちがその保育所に伺って「これまでのデータを全部持って来てください。1枚ずつプリントしますから」って提案して。それで、やるようになったんです。そしたら、すごく反響があって、「それだったらうちもぜひ」って広まっていきました。やっぱり展示されている写真の量が違うと、お母さん方も買う量が増えるんです。
藤本:最初に全部プリントしてあげるということは、その代金は?
浜田:いただいていません。
藤本:そうか。その分、お母さんからの注文を商売として、お店で全部プリントするわけですもんね。撮影を請け負うわけでもない、その役割はおもしろいですねぇ。
浜田:それぞれの先生が撮られた写真をこっちでまとめて、機械で数字を振って掲示してあげるんです。そしたら、それぞれ欲しい数字を言えばいいからみなさんの手間がはぶけますよね。
藤本:そうですね。それが例えばURLを伝えて、パソコンのモニター上で確認して、となるとものすごく手間がかかりますもんね。
浜田:そう。実際に物として見れた方が確認しやすいし、早いですから。そして、そういう場があった方が、人間関係も築きやすいと思いますからね。
藤本:例えばいまどきなので、園長さんの方針として、うちはプリントじゃなくてデータでくださいっていうことはないですか?
浜田:ないんですよ。最終的に保存するからデータも欲しいって言われることはあるんですけども、最初からっていうところはないですね。むしろこちらからそういうシステムを紹介しても、「インターネットはこわい」って拒否されます。壁に貼る、今までどおりの方法がいいって方が多いですね。
藤本:それはいかにプリントが優れてるかっていう話ですね。
浜田:そういうことです。
藤本:この仕組みは、いつから始められたんですか?
浜田:いろんな保育所、幼稚園に話をしにいったり、種まきを始めたのが去年の春頃からでした。今年の数字が上がったのはこのおかげが大きいですね。年度末にあんなにプリントが来るとは思ってなかったですから。ふつう、2月は注文が少ないんですけど、いきなり2月、3月に忙しくなって。特に2月は支店の閉店準備でバタバタしていて、さらに帰ったら焼くプリントがたまってるという状態。2000枚とかあるので、3、4時間かかる。それをずっと夜中にやっていました。けっこう大変でしたね(笑)。
藤本:いよいよ閉めるぞと決めたときに、こうやって新しい取り組みを始めて、それがうまく回り出した。浜田さんは、すごくいいタイミングでチェンジできてる気がします。
浜田:そういうふうに言われたのは初めてです。たいがい、「大変だね」っていう言葉をかけられますから(笑)。
藤本:もちろん、実際、大変やとは思うんですけど。
浜田:でも、それこそ写真屋さんって縮小産業やと言われてますけど、僕はそんなふうに思ったこと一度もないですからね。むしろ今までが、怠けすぎ産業だった。これからやりたいこともたくさんあります。
藤本:楽しみですね。本当にすごくいいアイディアを思いつかれましたよね。
浜田:運動会とかの行事で、うちが撮りにいくこともあるんですけど、僕らが撮る子ども達の表情と、先生がカメラを向けて撮る表情って違うんです。
藤本:そうですね。お母さんが撮る子どもの写真との違いもありますしね。おもしろいな〜。
浜田:うちが頑張ってることっていったらこれくらいじゃないかな。
藤本:すごいです。これ、真似されますね(笑)。
浜田:そうですね。でもこれって地方の写真屋だからこそかもしれません。地方の写真屋さんって地域密着じゃないと難しいところがあります。特に写真ってプライベートなものですからね。だからこそ、そこで信頼関係を築くことができれば、まだまだいろんなことができるんだと思っています。