石田さんと最初にお会いしたのはもう5年前。全国の写真屋さんが集まるセミナーの場でのことでした。関西在住の僕にとって、大阪にもこんな風に頑張っている写真屋さんがいるんだと嬉しい気持ちになりながら、その近さが逆にあだとなって、以来一度もお店に訪れたことがありませんでした。しかし、ひょんなことで知った、スマホ写真だけの展覧会。最近、スマホ写真をプリントすることの楽しさに目覚めていた僕は、それを企画しているのが、うえろくカメラの石田さんだと知って、すぐに店を訪れてみたのでした。
写真「宣教師」として
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石田:今この業界は厳しいって言いますよね。確かに、正直なところ、良くはない。でも売上は、下がってはいないんですよ。僕は啓蒙活動みたいなもんだと思っていろいろやっているんですが、やっぱりうちは写真をプリントしてのこしていくことの大切さを、ネット上ではなく直接対面でお客さんに伝えないとって。ワークショップとかを企画しては地道に人を集めてお伝えする。宣教師みたいになってきました(笑)。
藤本:改めて店の中を見せてもらって思ったんですけど、いろんな提案を全部ちゃんとやってはりますよね。
石田:いえいえいえ。
藤本:例えば、古いアルバムをフォトブックにしてみることの提案とか、エコー写真をのこしておこうっていう提案とか、あとプリントの色味のバリエーションもちゃんと掲示してるし、いろんな撮影会や写真展も。
石田:自分のわかる範囲だけですけどね(笑)。例えばワークショップに20人来てくれたとして、そのうちの何人かが気付いてくれたらいいなって。東日本大震災があって改めて写真をのこすこと、アルバムを作っておくこと、それらが見直されたように思ったのですが、最近のことを思えば、やはりのどもと過ぎれば熱さ忘れるというか、当時はすごく響いた話が、今では……。ただ、プリントと言っても、もちろん撮ったものを全部してください、ということではないんですよ。
藤本:そうですね。
石田:そのうちの何枚か、大事なものを選んでプリントしてのこしてほしい。それは絶対にしてほしい。しかも手作りのアルバムでのこしたら、よりいっそういいですよっていうこと。それがどれだけ響くかは分からないですけど、実際に何人かは気付いてくれる。で、さらに私が言うんじゃなくて、私に賛同してくれた一般の方が周りの友達や家族に伝えてくれる。その方がだいぶ力があるんですよ。
藤本:そのためのワークショップであり、展示会であり、なんですね。うえろくカメラさんの賛同者を増やしていくっていう。
石田:そうですね。やっぱり私がすべてを説明してしまうと商売の匂いがしてしまうんですよね(笑)。ほんとうにそれだけじゃないから、そうならないように気をつけながら話はするんですけどね。
藤本:実際は、商売とつながるのは当たり前だからいいと思うんですけどね。
石田:はい(笑)。ただやっぱり、商売とは別で、のこすことをしてほしいって伝えたい。で、その次のステップとして「のこすなら、うちでぜひプリントしてね」って。「ちゃんとしたプリントを出す自信があるから」って。それに賛同してくれたママさんが「写真の良さに目覚めました!」って、同じぐらいの年代の幼稚園とか小学校低学年のお子さんをお持ちのママさんにアルバムの魅力を伝えてくれていたりするんですよ。
藤本:そうやってさらに伝えてくれるような、軸となるお客さんが何人かおられるんですね。
石田:そうですね。ありがたい話で、応援してくれはるというかね。写真をのこすことはいいことですよって率直に言ってくれはる。
「スマホ」写真の可能性
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藤本:スマホの写真だけを飾る写真展を企画されたんですよね?
石田:やりました。
藤本:それは定期的に開かれてるんですか?
石田:いや、もともとやりたいと思っていたものを、試しに1回やってみたという感じで。というのが、スマートフォンがすっかり一般的になって、なおかつ「インスタグラム」※とか、いろんな写真のアプリが出ているでしょう。フィルム好きのユーザーさんもけっこう楽しんでおられますよね。
※インスタグラム(Instagram)…主にスマートフォンを介して、写真を共有する、無料のアプリケーションソフトウェア。正方形のサイズと、秀逸なフィルターが人気。
藤本:そうですね。また別物ですよね。
石田:スマホで撮ってアプリで加工した写真って、みなさんいつもSNSにアップして楽しんではるけど、それだけではもったいないよねって思ったんです。だから、うちの企画する写真展を自己表現の場として使ってもらえたらなって。ただ、今年の夏にやったんですが、少し時期尚早だったかなという感じはしています(笑)。でも1回で終わるわけでもないですから、まずはやってみて、のろしを上げたということですね。
藤本:僕はよくインスタグラムでアップした写真を実際に写真屋さんでプリントしてもらうんですが、それがすごくいいんです。iPadやiPhoneの画面を指でシャッシャッって見せるより、L判をスクエアにカットしてもらったプリントを見せる方が、コミュニケーションツールとして最高に写真の力を発揮できる。なにより、そのままあげることもできるし、とにかく便利なんです。そのシンプルな良さを伝えたいなって思っていて。だから、今後写真屋さんが存続していくためには、この、スマホで撮る大量の写真をいかにプリントしてもらうかってことのアクションが大事だと思うんですね。それもメーカーの言われることをただやるんじゃなくて、お店独自の動きっていうか。
石田:そうですね。正直言って、フィルムがあって、デジカメがあって、スマホがあって、ちゃんとプリントしてのこしてくれるなら僕はどの写真だっていいと思ってるんですよ。今からフィルムの頃に時代が逆戻りするかっていったら絶対にないだろうし。だけど、レコードと一緒で、趣味性が高くて好きな人がいるから絶対になくならない。使ってくれるとは思う。ただ、そのパイが増えはしないとは思うんですね。デジタルなら何枚も撮れるしすぐに見れる、その利便性を生かしつつ、どうやって紙に焼くことを勧められるかなっていうことですよね。
藤本:スマホの写真のもつ新しい部分、撮って共有できるところを生かして新しい試みを提案できたらいいですよね。
石田:そう。今そういうことを考えていこうとしていて、スマホを使ったお散歩撮影会とかやってみようかと思ったり。お金もかからず、良い意味で軽い気持ちで参加してもらえる会ができると思うんですよ。
藤本:今日もさっき、石田さんにインスタグラムの写真をプリントしてもらって、いよいよ僕はインスタグラムの最終型はプリントやなと思いました。だから、インスタグラムのワークショップで、みんなにデジタルで終わるんじゃなくて、その先にプリントまで提案できたら、実のあるワークショップができるんじゃないかなって思いますね。
石田:そうですね。それで最後は写真展までできたらいいですね!
これまでにない提案
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石田:僕はね、ワークショップ自体で利益をとるっていうことは考えていないんですよ。大事なのは、その後なんです。まずは楽しみを知ってもらわないことにはプリントしてもらえないですからね。何人かは、楽しさに目覚めて、それこそインスタグラムの写真だけで写真展をされた方もいましたよ。で、展示のプリントはうちに注文してくださって。そういうのって嬉しいですし、こっちも気合いがはいりますよね。
藤本:写真展で展示するサイズはフロンティア(現像プリント機)で出せるものなんですか?
石田:そうですね。四つ切りワイドまで出せますから。インスタグラムで加工した写真って、これだけ大きく引きのばしてもけっこう綺麗にプリントできるものなんですよ。ただ、この大きさって、お店で見たら大きいけど、会場で飾ると小さいんですね。でもいいんです。だって、インスタグラムの写真をこんなに大きくしたことないでしょ。
藤本:そうですよね。そうか、僕も今日、四つ切りでプリントしてもらおう。この提案いいなあ。
石田:したことないでしょ?
藤本:ええ、ぜひプリントしてください。
新しい試みの連続
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藤本:このお店は石田さんの代からですか?。
石田:いや、実は古いんですよ。僕は3代目になります。
藤本:そうなんですか! お店の会員証に載ってる、この写真が気になってたんですけども。
石田:これは昭和31年の頃の店の近所、上本町6丁目の交差点です。2代目の義理の父が学生のときに撮ったものです。写っている建物は昔の近鉄百貨店。大理石を使った立派な建物でしたね。
藤本:へ〜!
石田:初代は「美馬商会」っていう、関西の写真業界ではわりと大きい会社として戦前から始まったみたいです。
藤本:なるほど。先代は義理のお父さんなんですね。
石田:そうなんですよ。僕の家内が三人姉妹の長女で。私は、以前は日本コダックに、その前は長瀬産業っていう化学品の商社にいて。とはいえずっと管理部門だったので、商品のことは全く知らずにこの業界に入ったんです。だから、家業を継がれた方に比べると、100歩くらい遅れてるんじゃないかな。
藤本:もともと写真自体に興味は?
石田:全く興味なかったんです。
藤本:そうなんですね。
石田:だから、写真に対しては一般的な感覚しか持っていませんでした。結婚したときに家内の実家が写真屋だと聞いて、「へぇ、写真か〜」って。別に、継ごうと思っていたわけでもなく、たまたま日本コダックっていう外資系の企業とちょっと肌が合わなくなって、31歳のときに退職して。で、自分なりに次の職を探してたところ義理の父が「うちで勉強するか?」って。それまでは大きな企業のいち歯車だった人間ですから、商売のいろはを全く知りませんからね。
藤本:なるほど。
石田:でも、いざ始めてみて思ったんです。写真って、みんなが集まったときとか、旅行に行ったときとか、楽しいときとか嬉しいときに撮ることが多いでしょ。だから、こんなにいい商品を扱える業種は他にないなって。それでどっぷり浸かって、ここまで来ましたね。実は、以前うちではこの店以外にもいろんな事業を展開していて、例えば現像機を置いたスーパーもやってたんですよ。お義父さんがイタリアかどこかでそういう店を見つけて、「これはおもしろいやないか!」って。日本では他になかったんじゃないかな。
藤本:へぇ、おもしろい。
石田:だから、僕は最初はそこの店長だったんですよ。パートのおばちゃんともめっちゃ仲良しで(笑)。
藤本:商売のいろはを学ぶには、すごくよかったんですね。
石田:そう。それに接客っていうものを僕はそこで初めて体験して。前職ではずっとオフィスにいたので外の方と触れ合うこともなかったから。
藤本:そうか〜。お話を聞いていると、うえろくカメラさんは創業からずっと、常にその代の店主が、それぞれにいろんなことにチャレンジしてきたお店だったんですね。
石田:そうですね。ずっと。「なんかやってくれはるわ」って思ってもらえているうちが華かなと思って、いろいろやっています。
藤本:今おいくつですか?
石田:52です。
藤本:若いな〜!
石田:もう人生の第四コーナー回ってんねんけど、この業界ではまだまだ走り続けなしゃあないし(笑)。
藤本:いやいや、これからもずっとトップランナーでいてください(笑)。