ページの先頭です


サイトの現在地を表示します
サイトの現在地表示をスキップして本文へ移動します
プリンターという職業があります。写真の暗室作業を専門にする職人仕事。この道何十年というベテランがひしめく世界で、大場あすかさんは若くして数々の著名な写真家から指名を受けて活躍しています。そんな大場さんが2011年7月、新たにphoton lab.(フォトンラボ)という銀塩写真ワークショップを立ち上げました。
写ルンですを使って

ー これまでも、大場さんはモノクロ写真教室や暗室ワークショップなどを開かれていたそうですね。

そうですね。大学や美術館でやってました。それから、『ゼラチンシルバーセッション』でも、第1回目のときから暗室ワークショップのお手伝いをしています。『ゼラチンシルバー…』は写真のデジタル化が進むなかで、印画紙やフィルムの良さや楽しさを知ってもらおうというプロジェクトで、それはすごくいいなあと思ったので、ぜひ手伝わせてくださいと言ったんです。だけど、『ゼラチンシルバー…』の活動を手伝っていくうちに、自分でも何かしなきゃという思いが強くなってきた。活動に参加されてる写真家はそれぞれ著名な方で、写真展などを通して多くの人にフィルムの良さを伝えることができる。じゃあ、プリンターの自分には何ができるんだと思って。

ー 確かに、写真家の活動やメッセージは影響力があります。

プリンターというのはほんとに裏方だし、名前が表に出ることはあまりありません。だけど、印画紙やフィルムがなくなってまず最初に困るのって、私たちプリンターやメーカーですね。写真家ならデジタルを使うとか、まだ選ぶ余地があるけど、私たちにはその道はない。なのに、写真家の方がまず『ゼラチンシルバー…』で声をあげてくれたことが、すごくうれしかったし、だからこそ、自分もできるだけのことをやらなきゃって。

ー そこからフォトンラボ構想が生まれるんですね。

本当はこの春からはじめるつもりでいたけど、震災があって、それで1度全部とりやめたんです。銀塩写真ワークショップのようなことが今、必要とされてるのかなと悩みました。

ー それどころじゃないと。

そんなときに、被災地のがれきからアルバムが集められて、そこで1枚の写真を見つけて涙を流して喜んでる方の映像を見たときに、やっぱり写真ってこれほど気持ちがこもってる、思いの詰まってるものなんだって。やっぱりもっと写真を撮ってほしいし、残してほしいし、どうせ残すならきれいで、そのときの雰囲気がつまってるものにしてあげたい。だから、やっぱりやろうと思いました。

ー 写真洗浄のボランティアにも行かれたそうですね。

自分はいい写真を作るためにやってきたのに、目の前には泥をかぶって、重油まみれで、半分燃えたような写真がある。それを見てたら、最初はどうしようもなくなっちゃって。だけど、そこで泣いてる場合じゃない、1枚でも多くきれいにして返さなきゃと思って活動しました。プリンターだからこそ行ってよかったと思います。

ー そういったボランティア活動を通して、何か発見はありましたか。

結婚式や入学式、卒業式の写真はたくさんあるんですけど、家のなかでリラックスしてる写真とか、そういうものがあまりないんですね。でも一番いい顔してるのって、そういうときじゃないですか。何気ない日常の写真を見ると、思い出がぶわっと出てくる。家にこんなコップあったよねとか、このときお母さん太ってたよねとか。そういうことこそが貴重なんだと思いました。だから、もっとそういう1枚が増えるように。撮るだけじゃなくて、プリントして、アルバムにしてという写真を作る楽しさをもっと知ってもらわないと。

写ルンですを使って

ー 大場さんはもともとプリンター志望だったんでしょうか。

写真の専門学校に行ったんですけど、もちろん最初は撮る方をやるつもりでした。そしたら暗室の授業があって、そこで暗室が楽しくなっちゃって、そこからですね。周りからは99%反対されたんですけど(笑)。

ー 学生時代から暗室に目覚めたんですね。

でも、今では学校でも暗室は「古典技法」になってしまって、希望者だけが受講する特殊なものになってます。私の頃はまだ全員が一応、通る道だったんですけど。ますますね…。

ー 暗室の魅力ってどんなところでしょう。

ぜひぜひ、1回やってみましょうよ。絵がうわっと出てくる感動がすごいですよ。それに、暗室って普段と全然違う環境なんですね。まず暗くて、薬品の匂いがして、現像液を20度に保つために室温も低い。そういう暗いところで写真を見るわけだから、とても意識して一生懸命に見ないと見えないんです。五感をフルに使って、集中してモノを作る感覚ですね。


取材は第1回ワークショップの暗室実習を終えたばかりのpippoで。
今後も都内にあるさまざまな暗室を使っていく予定。

ー ほんと見るという行為が研ぎ澄まされそうです。

写真を撮るときって、わりと瞬発力、「動」なんですけど、それをセレクトしてプリントするという作業はどちらかというと「静」なんです。撮ったものをまた見つめ直す作業で、何気なく撮ったものがすごくよかったりとか、そういう再発見もあるんですね。実際に自分が見たときの像と、写真にしたときではまた違いますし、そういうところも自分でプリントをすることでわかります。

ー ちなみに、大場さんは今では撮る方はどうなんですか。

撮るのも大好きなんで撮ってますよ。だけど、プリンターの何が醍醐味って、自分では決して撮れないような写真が自分の手の中で、しかも写真家よりも先に見れちゃうわけです。それに、写真家って単独で動いてる人が多いので、意外とそれぞれなんですね。こっちは定点観測って呼んでるんですけど、いろんな人のやり方やこだわりを知ってるので、写真に込められたものはもちろんだけど、人柄というか写真家そのもの、みんな個性も強いし、情熱も覚悟もある人たちなので、そういう人たちに関われることが面白いです。

ー なるほど。プリンターだからこその写真家との関わりかたですね。

プリンターにとってコミュニケーションはやっぱりすごく大事で、全然わからないことを言う人もいますから。「春っぽく」とか「パリかな」とか。えー、でもこれお台場なんですけどみたいな(笑)。それを、その写真だけの話じゃなくて、最近見た写真展のことや好きな映画のこと、いろんな話をしながら、どういうものが好みかを探っていくんです。

ー どこまでも正解のない世界です。

世間では、写真家本人が焼いたオリジナルプリントが一番価値があるとされてるところもありますけど、じゃあ、プリンターって何のためにいるのか。そのことを真剣に悩んだこともあります。だけど、写真家が考えてるものが100%だとしたら、それを超えるような120%、150%の写真を作れたらいい。いい意味で期待を裏切るようなものを出せたらいいのかなって。別の人が焼くからこそのアイデアや発想があると思います。

ー 最後に、フォトンラボの活動内容を教えてください。

基本的には初心者の方に向けて、今までデジタルカメラで撮ってたような人に、ぜひフィルムで撮ってプリントするところまでの喜びを知ってほしいと思ってます。私はプリンターだし、暗室だけのワークショップも考えたんですけど、そうすると参加者がフィルムで撮れる前提になってしまう。なので、プロのカメラマンと一緒に撮影会があって、そしたら暗室教室もついてきたみたいな感じ。で、やってみたら面白かったと思ってもらえたらいいかなって。

ー 撮影実習と暗室実習の2回セットなんですね。しかも、撮影の講師は毎回いろんなプロの写真家さんが入れ替わりで。

他にこういう形でやってる人があまりいなかったし、私がいろんな人の撮影を見たいというのも、実はあります。プリンターって、撮影の現場には実際行かないから、これをどうやって撮ってるんだろうって興味がすごくあるんです。だから、ワークショップを口実にして見てやろうと(笑)。

ー 写真家の方もちょっとドキドキしそうですね。

他にも、中級者向けのニーズにも応えたいし、なにしろ場所を持たないので、もうどこへ行ってもできますから。レンタル暗室の設備さえあれば、地方へ撮影旅行に行ってもいいんだし。やり方はこれからいろいろ考えたいですね。

取材・文 竹内厚Re:S 撮影 濱田英明(Re:S)
取材協力 pippo 東京・浅草

大場あすか
1977年東京生まれ。2003年から2009年までラボテイクでプリンターとして勤務。現在は、フリーのプリンターとして活動。今年7月、銀塩ワークショップ photon lab.を立ち上げた。
http://www.photonlab-ws.com/

ここからフッターです

ページの終わりです
ページの先頭へ戻る