数年前。僕の元に届けられた一枚の案内ハガキ。それは「今日が『写ルンです』〜わたしをつくる31枚〜」という、名古屋で開催される展覧会の案内でした。写ルンですを最高のカメラだと思っている僕は、ぜひ伺ってみたいと思いつつ、タイミングがあわず断念。しかしながらその企画者が写真屋さんで働く女性だと知り、余計に伺えなかったことを悔やむ日々は続きました。当初、名古屋の人たちと開催していたその企画が、いまや、東北大震災で大きな被害を受けた陸前高田の人たちとの共同プロジェクトとなっていると知った僕は、いよいよ彼女が店長を務める、名古屋市のフォトップス鶴舞店へとむかったのでした。
「1日1枚」の記録
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藤本:「今日が『写ルンです』〜わたしをつくる31枚〜」はどういうきっかけで思い付いたんですか?
森田:震災後の2011年の7月が最初だったんですが、もともとは写ルンですを使ったイベントをやろうって思って。
藤本:なぜ『写ルンです』だったんですか?
森田:プリントを使って何かをやりたいって思ったんです。もちろんお店を営む身としてプリントの売上を作ることも考えたし、あとやっぱり、そもそもプリントの良さを感じていたから。別に誰かに見せるわけじゃなくても、撮った写真を見て自分の視点を再確認できて、気持ちが軽くなる。例えば、絵を描くことがセラピーの効果を持つって言われるじゃないですか。写真も同様じゃないかなって。だから、写真好きだけでなく、誰でも年齢関係なく楽しく参加できる企画にしようって。
藤本:いろんな人にもっと日常でシャッターを押してほしいと。
森田:そうですね。あと、ここで仕事をするようになって、普通のおじちゃんおばちゃんの撮る普段の写真の面白さを知って。おばちゃんでも自分撮りするの!とか(笑)。
藤本:(笑)。
森田:例えば、ある主婦の方は自分の子どもが寝てるシーンばっかりを毎日撮影していて。その方は2回参加してくれたんですけど、2回目には3人の子どもたちを使ってその日の日付を形作って、カレンダーみたいにして撮られてたんですよ。「なんだ、このアイディアは!」ってびっくりしました。
あとは、私よりも少し年上の女性で重い病気にかかって手術された方が、お家で休んでる時に参加してくださったんです。とにかく休んでいる間のその1ヶ月がすごくつらかったそうなんですけど、「明日これを撮ろうって思うことで元気が出た」って。うどんの写真があったり、クリスマスケーキの写真があったり……。今は元気になられて、当然今の写真の方がパッと見たところ楽しそうな仕上がりなんだけど、「つらかった最中に撮っていたときの方が写真に救われてた」っていう感想をくださって。
藤本:「撮る」っていうこと自体が、未来にむいてるってことですよね。
森田:そうですね。しかも写真を撮るからには楽しいものを撮りたいっていう気持ちがあるじゃないですか。だから、「明日はどれだけ外出できるだろう?」って考えてみることだったり、クリスマスだから、家族がケーキを用意してくれたことで嬉しい気持ちになってそれを撮ることだったり、と気持ちが軽くなる瞬間があったのかもしれません。
藤本:そういう状態でさえ、人は写真を撮ろうって思うときには楽しいものに目を向ける。そこに、つらいっていう気持ちをのこそうとしないんですね。
森田:はい。そういう想いって、この企画をやらなければ聞けなかったことだから。
藤本:否が応でも毎日撮らなきゃいけないっていう。
森田:そうそう、そうなんです。しかもそれを1ヶ月間やるっていう。1日1枚、ただ記録するっていうことが意外とすごいことなんだなって思いました。
被災地の「1日1枚」
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藤本:「今日が『写ルンです』〜わたしをつくる31枚〜」を被災地でやろうと思ったのはどうしてですか?
森田:たまたまテレビで陸前高田と名古屋の中学生が交流する番組を観て、そこに佐藤一男さんって牡蠣漁師の方が出られてたんです。当時、すでに震災から1年が経っていて、やっぱり震災関連の報道が減って、風化への危機感を抱いているってお話をされていて。その言葉がものすごく強かったんです。で、ちょうど私は「今日が『写ルンです』〜わたしをつくる31枚〜」の3回目を終えたところで、この企画を陸前高田でやりたい! って。
藤本:それで森田さんも陸前高田に行かれたんですね。
森田:はい。最近では去年の9月に。そのときに、また写ルンですを4個渡してきたんです。今度は1人2枚撮影してもらって次の人に回してもらうってやり方。それが、今2個こちらに返ってきたんですよ! あとの2個も所在が分かったので時間はかかるけど返ってきそうなんです。
藤本:すごいですね!
森田:全部返ってきたら、すべてプリントして展示します。あと、もちろん陸前高田にもプリントを持っていこうと思っていて、それもただ見せるだけじゃなくて、向こうでも写真展をやりたいなって思っています。何度も現地に行っているから向こうの人たちとの縁も深くなってきていて、やっぱり足を運ぶたびに「やるしかない!」って決意が新たになるんです。
写真プリントは宝物
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森田:陸前高田に行くまでは、現地の人に受け入れてもらえるか不安だったんですけど、実際の反応はわりと名古屋の人と同じだったんですよ。「え、1日1枚? おもしろそう!」って。向こうの人たちって、自分たちが発信していかないとっていう気持ちでTwitterやFacebookをすごくやっていて、だから写真を目にする機会は多い。でもネット上のものって興味のある人じゃないとなかなか見ないですよね。でも写真展だったらまた違う人が観に来てくれると思うんです。あとやっぱりプリントで残してほしいっていう気持ちがあって。特に被災地って状況が変わってくのが早いじゃないですか。だから5年後、10年後、20年後って考えたときに記録を残しておくことがすごく大事だなって。たぶんこの企画がなければフィルムで写真撮るっていうこともないとおもうので。写ルンですでも、たくさんの人には渡せないですけど。
藤本:でもやっぱり、写ルンですはそのまま渡せちゃうっていうことなんですよね。
森田:そうですよね。だから写ルンですがこの世に存在する限り、向こうに持っていって現地の人に渡すことを続けたい。写ルンですだからできる。本当にすごいカメラです。ものすごくシンプルなカメラだからこそ、「その人自身」が最も写真に出るカメラだと思います。
森田:実際に向こうでも、隣の大船渡の場所を借りて写真展をやったんですよ。名古屋で写真展をやると、名古屋の人には当然「知らないもの」を見るっていう感じなんですけど、そこだと来てくれた方同士が「これ、あの人だね」とか「あそこだね」とか、津波でなくなった場所のこととかを話してて。知ってるものを観て話し合うことを楽しんでくれて。楽しんでもらえるものなんだって。
藤本:いろいろ話したいっていう気持ちもあるんでしょうか。
森田:そうですね。またそこで思い返したりとか、向こうの人たちにとっては大事な時間になってくれたかもしれないなって。
藤本:思い返すことも、出来る人と出来ない人がいますよね?
森田:はい。います。参加してくれた人に話を聞いてて、震災後に自分の家があった場所に戻って写真を撮ろうとするんだけど、「シャッター、押せなかった」って。でも、今年の1月ってまだ建物がのこってた時期で、自分が生まれた病院とか通ってた学校とかは、きっとつらかったかもしれないけど撮ってきてくれたんです。その方も、時間が経ったときに「撮っておいてよかった」って、絶対に感じてくれると思うので。
藤本:僕も、きっとそうだと思います。
森田:向こうの人って写真が流されちゃったりした方も多い。だから写真がいかに大切かっていうことを知っていて。「流されちゃったんだけど戻ってきたんです」っていう1枚を見せてもらって、「すごい、宝物なんですよ」って言っておられました。
写ルンですで被災地と繋がる
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森田:これが陸前高田から返ってきた写真で。こうやって、参加してくれた人の名前とコメント書いてくださいって。
仮設住宅の人がやってくれたものは年齢層が高くて、最年長の方で75歳です。けっこう細かくコメントを書いてくれて、「ここで暮らしているのが楽しい」って言われていたり、あと高校生のみなさんはお気に入りの場所として高校を撮ってくれている方が多かったり。「震災直後のガソリン不足のなか私の眼鏡を買いに一関まで車を走らせてくれたご夫婦」とか、そんなエピソードが書かれていたりして、もう心に刺さるコメントがたくさんあって。
藤本:「何撮ろう?」ってなったときに、その人をのこしておきたいって思ったということですよね。
森田:こういうのを見ると自分でも発信を続けなきゃなって。でもこれは楽しくてやっているんですよ。そのときには、何より自分のことばでしゃべることが大切かなって、向こうに行って現地の人と話すようになって余計にそう考えるようになりましたね。
藤本:本当、そうですよね。
森田:私、いろんなことを自分のなかで思い浮かべていて、陸前高田と名古屋の人を繋げたいって。陸前高田の人に写ルンですを半分くらい撮ってもらって、それをうちのお店で売るとか。名古屋の人が買って、それで半分撮って現像してプリントして、そこから向こうの人とのやり取りが始まったりしたらいいなとか。
私、最近お寺の若い住職の人と知り合いになって、その人も被災地の人といっしょにやりたいって話をしてるんです。例えば文通みたいなことで交流持てたらいいな、とか徹底的にアナログにこだわろうって。これは被災地も名古屋も関係ないことだけど、人って人から必要とされることがうれしいじゃないですか。被災地の方々も「支援されることばかりなのは、いやだ」って、「自分たちも、何か返したい」っていう人が多いから。
藤本:写ルンですで、向こうの、美しい最高の風景を1枚撮ってくれるだけでいい。それと、その1枚に込めた想いとか気持ちを、いかにその場所が好きかっていう気持ちをしたためてくれたものが入っているだけでいいと思います。
森田:ああ、それはいですね!!
藤本:繋がりますよね。手紙と一緒に「気持ちも写ルンです」っていう企画で。
森田:すごくいい。そんなカメラ最高!
藤本:よし、じゃあそうしましょう。それを、しかも商売に、プリントへ繋げてくださいね。「どういうものだったら買ってくれるんだろう?」っていう考え方も大事だと思います。
森田:そうですね。喜んでくれるからこそ、そこへお金を落としてくれるっていうことですよね。